人工呼吸器装着は生命維持のための酸素の確保

在宅医療

世の中には納得できないことっていくらでもあります。それを整理しているのが法律です。その法律も終戦直後に作られたものをいまだに引きずっているものが多くあります。医師法や医療法の中にもたくさんあるようです。

たとえば、人の急病は昼間に起こるとは限りません。医療の本来は、急病に対応してこその価値といっても過言ではありません。コンビニなどの出現で買い物は24時間可能で、人も24時間活動しています。ところがいまだに医療では、昼間の診療時間以外の受診は時間外診療として加算され、負担増徴収されます。できれば病院などは診療科目の問題はさておき、地域医療機関を3分割して診療時間をずらすなどで、24時間対応してもらいたいものです。もしそうなっていれば、たらい回しによる急患の死亡なども防げるはずです。

さて、このところ医療費抑制策で在宅医療が注目を浴びています。ガン末期の患者さんの中にも、病院で死ぬという発想から「自宅で家族に看取られて」という考え方が浸透しつつあります。国は在宅療養支援診療所の医師による在宅の看取りが少ないと発破をかけています。ところが、在宅療養支援診療所の医師等の報告を見ていると、一人で数人看取っているという人もいます。

- コラム -

肉体的苦痛の緩和ケア充実が最重要という立場で「積極的安楽死」は対象外とした。日本救急医学会は「延命治療の中止」を選択肢として認める方針を策定。各医療機関も独自の指針作りをしている。伊藤医師は不起訴となった21日に記者会見し「取り外しは志ある行為。患者のために一番よいなら、また同じ選択をする」と話した。SEO対策をしている私でもそれは思う。

この出来事と同様に患者の呼吸器がはずされた北海道立羽幌病院、和歌山県立医大病院紀北分院のそれぞれ医師が殺人容疑で書類送検されたが、いずれも嫌疑不十分で不起訴処分となっている。徐々に司法も見解の統一という方向にあるようにも受け取れる。この富山県地検の判断に興味を持つ。「呼吸器の装着から除去までを一連の行為ととらえると、取り外しはあくまで延命措置の中止に過ぎない」と判断した上で、「取り外しが患者の死亡に結びついたとは必ずしも言えず、殺意も認められなかった」とある点だ。

つまり、人工呼吸器装着は生命維持のための酸素の確保であり、除去はただ人工呼吸器による延命のみを目的としたものであり、その措置を中止したというなら、むしろ一連ではなく一連に見えていても目的は全く別のものと言うことになる。また、「取り外しが死亡に結びついたとは必ずしも言えず、殺意も認められない」については、自発呼吸ができていない状態であった、しかも殺意も認められなかったというなら、第三者でもこの不起訴理由は是だと思う。しかし一方では、「呼吸器外しがこのまま容認されることに危機感を持つ。障害のある患者らの生きる権利をどう守っていくか、議論が置き去りにされている」と警鐘を鳴らしている市民グループもある。

参考サイト:在宅医療ナビ【在宅療養支援診療所・訪問看護ステーション検索】